先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
長い冬が終わり、ようやく八ヶ岳も春を感じるようになった。あちこちで新緑が顔を出し、花が咲き、小さな蜂が飛ぶようになった。そんな環境に2023年11月、大福と完全移住してもう2年半が経つ。
あの時の決断は正しかった
後悔しているかというと、まったくしていない。むしろ、あのときに決断してよかったと思っている。1番の理由は、気温である。鎌倉市腰越で、夏になると毎朝5時に眠そうな大福を叩き起こし、迷惑そうな顔される日々に耐えられなくなって完全移住したわけだが、もう夏が来ても早起きする必要はなくなった。
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標高1400メートルは、平地と比べると常に10℃ほど低い。そのため7時に起きても散歩に行けるし、なんなら昼でも犬と出かけられる。母屋にはエアコンすらなく、夜は少し肌寒くなる。だから犬にとってはパラダイスである。
けれど、いいことばかりではない。10℃低いということは、冬はそれだけ寒くなる。平地で0℃なら、山はマイナス10℃、さらにはマイナス15℃になることも珍しくない。
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ただ、外がそれだけ寒くても、室内は薪ストーブがあるから暖かい。それに、風の強い日が少ないから、気温のわりに散歩していてもそれほど寒く感じない。雪国ではないから雪で困ることはない。
それよりも、山暮らしは都会と比べると圧倒的に不便だ。スーパーやコンビニに歩いて行ける都会と違い、どこへ行くのも車が必要である。食材の買い出しに行って帰ってくるだけで最低でも30分以上はかかる。ちょっと大きなスーパーへ行こうと思うと往復1時間以上はかかる。
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ただ、『犬のために山へ移住する』にも書いたように、わが家の場合、いきなり移住したのではなく、鎌倉市腰越と八ヶ岳の2拠点生活を6年ほど経ての完全移住だったため、その辺りは知っていたし、道もスーパーの品揃えの特徴さえ分かっていたからそんなに困らない。
移住しても心に残っていること
唯一、残念だと思うのは、「山で犬とのんびり暮らす」生活は未だに訪れていないことだ。2拠点生活をしている頃は、山に来る度、草刈りだなんだかんだとやることに追われてのんびりする暇なんてなかった。
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でも、定住したら、もしかしてテラスで紅茶を飲みながら読書するような時間ができるんじゃないかと思っていたが、そんな余裕はまったくない。定住したらしたで、薪割り、薪運び、雑草との闘い、ドッグランの整備、外壁の塗装など、次から次にやらないといけないことが湧いてくる。基本、休日は肉体労働の連続である。
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ただ、大福はのんびり快適そうに暮らしている。毎日、自然の中を散歩して、ドッグランで遊び、昼間は仕事部屋で昼寝している。けれど、以前は山に来る度、顔を輝かせて「ヒャッホー!」とテンション高くなっていたが、今は特に喜んでいる様子はない。
この暮らしがただの日常になってしまい、なんとも思ってないようだ。贅沢なやつらだ。でもそれでいいと思う。
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プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
というブランドを立ち上げる。
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ツイッター
インスタグラム
大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。
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